感じたこと

坂本九さん最高の名曲♫✨合唱曲『心の瞳』

「心の瞳」は、坂本九さんの楽曲。
作詞:荒木とよひささん 作曲:三木たかしさんで、当時は黄金コンビと呼ばれていたらしい。この曲の発表から約3ヶ月後に坂本九さんは日本航空墜落事故で亡くなられたため、坂本さんにとっての最後の曲となった。
ただ、当時まだ5歳だった私がこの曲を知るようになるのは、まだ先の事である。

中学時代、私は友達から虐めを受けていた。集団の中で容姿や行動を笑われたり、バカにされたりしていた。毎日どこかに逃げ出したかった。私にとって学校は、ただその日を耐えるだけの『地獄の時間』だった。誰かと目が合うと罵られる、笑われる、馬鹿にされる…

「友達が欲しい」「寂しい」という感覚よりも、一人でいる自分を誰かに見られる事が、ただただ恥ずかしかった。
「友達とは移動教室の時に一緒に移動する人」
…それ以上でもそれ以下でもないと、信じて疑わなかった。

一方で、側から見ると裕福で幸せそうに見える家庭環境に置かれていた。しかし厳しい両親からの『絶大な期待』という名の圧力が、どんどんまだ15歳の私に重くのしかかっていた。
親には一切自分の気持ちは話さず、家ではいい子を演じた。でも心の中では、いつも自分が何のために存在しているのか分からず、毎日『生まれてこなければ良かった』と思っていた。

私が通っていた中学は、地元では1番人数が集まる学校である。当時、全校生徒は約1000人、30程のクラスがあり、中学2〜3年時はクラス替えがなく、同じメンバーで過ごすのが普通。私のクラスは担任も変わらなかったため、良くも悪くも何も変わらない日々を過ごしていた。

あれは中学3年の秋。
校内の合唱コンクールがあった。2年生の時の合唱コンクールで、何故か3年生を差し置いて全校優勝を果たした私たちのクラスは、3年時の合唱コンクールにかける意気込みが違っていた…いや、担任の先生だけが!笑

合唱コンクールの練習が始まろうとした頃の学活の時間、担任はラジカセを片手に登場。そしてこう言った。

「今回の曲は『心の瞳』でいこうと思う」

全校優勝するために、考えに考え抜いた楽曲だったんだろう。
ラジカセから流れる音楽をクラス全員で聴いた。ゆっくりとした綺麗なメロディに乗せて、愛に満ち溢れた歌詞が響き渡る…とっても素敵な曲。
クラス中が「すごくいい歌!」と絶賛した。でも思考が歪んでいた私は「こんな綺麗な歌、自分なんかが歌うなんて恥ずかしい。歌いたくない」と本気で思った。

そんな私の気持ちにはお構いなしに…その日から、担任は松岡修造さん張りの熱い気持ちで、合唱コンクールの練習を始めた。
『合唱コンクールまであと◯日』カレンダーなんか手作りして、気合いの入り方が違う。
初めは私もクラスメートたちも絶対的な温度差に「面倒だな」と感じていた。でも担任はとにかく必死だった!

朝の会・帰りの会には必ず教室で合唱させられ、担任からOKが出るまでそれは続いた。担任の判断で本人の実力よりも声が小さいと感じれば、大きな声を出せるように色々な策を使っては声を掛け続け、時には厳しく、時には笑わせながら…とにかく私たちのやる気を引き出そうとしていた。
そんな事なんかより、早く帰って遊びたい盛り真っ只中の私たちは本当にやる気がなかったけれど、表向きはちゃんと歌っているように演じていた。

その頃から、大きな声で綺麗に歌う同級生が何人か現れた。その綺麗な歌声は少しずつ他の生徒の心に鳴り響き、「自分ももっと声を出して歌ってもいいかもしれない」という気持ちにさせてくれた。
私も何となくそんな気持ちになった。なぜなら、昔から自分の気持ちを表現出来なかった私は、小さい頃から歌を聴くことが大好きだったから。歌詞に自分の気持ちを重ねて、自分の思いを表現したような感覚になっていたんだと思う。それは私にとって今でも同じ…数少ない変わらないものの一つである。

だから私も、思い切って声を出してみた!とても恥ずかしかったけれど、今までため込んでいた気持ちを吐き出すかのように大きな声で歌った。
すると奇跡的なことが起こる。

声のトーンや大きさなど全体的バランスを考えながら、並び順やパートメンバーを常に入れ替えていた担任から「お前、良い声出してるからソプラノに行け」と言われたのだ。

…え?何??今何て言ったの??私の歌声が良い声??何の冗談??

でも私は、多分自分が記憶している中では初めて…人に必要とされ、認められた気がして、本当に本当に嬉しかった。
その日から私は期待に応えようと、大きな声で楽しく歌うことに一生懸命になった。

授業中は人目が気になり発表も出来ない。自分をブスで気持ち悪いと思い、気持ちを自分の中に押し込めてただ時間が過ぎるのをじっと耐えていた私が、人前で堂々と歌を歌っている。もちろん、それを見て笑う一部の同級生もいた。でも、もうそんなのはどうでもよかった。気が付くと私は「この歌を歌って優勝したい」と思うようになっていた。

そして更に奇跡的な事が起こる。
近くで歌っていた同級生が、私の隣だと自分も思いきり声が出せる!と私の近くで歌う事を希望した。すると他の女子たちも、その言葉に賛同したのだ。

ある同級生の歌声が私の心に浸透し、それが他の同級生の心にも広がっている。そしてみんなが私を必要としてくれている…その時の気持ちを何と表現できるのだろう。私の拙い語彙力では伝えられてない。ただ1つだけ選ぶとするならば…純粋に『このクラスにいられて良かった』と思った。

私は、担任や同級生の期待に応えようと必死に歌った。それは自分が初めて「生きている」と実感できた瞬間だった気がする。
気がつくとクラスのほとんどが意欲的に歌うようになっていた。もちろん担任の練習方法もヒートアップ!

職員室の前、玄関のホール、サッカーグラウンド…色々な場所で歌った。一番嫌だったのは、全校生徒の下校時間に校門の前に整列させられて歌わされたこと。全学年が笑いながら通り過ぎて行くのは、本当に恥ずかしかった。今の時代ならPTAなど色々問題になりかねないと思うけど、その当時は許容範囲内…だったんだろう。

しかし「恥ずかしい~!」「嫌だ~!」と言いながらも、みんな一生懸命だった。ただ早くその場を去りたかった気持ちもあったが、みんなが声をかけ合った。

『頑張ろう!』
『ここはこうした方いいよね!』
『もうちょっと声出せるかもよ!』
『声綺麗だよね』

初めは「面倒だな」とみんなが思った。こんなに熱くなる担任を「バカっぽい」とも感じた。(先生、ごめんなさい!)でも、もうその時には、私たちの頭の中は「優勝」だけだった。

ダルそうに歌っているフリをしていたカッコつけ男子も、最終的には担任の熱意に負けていた。一生懸命頑張ることを「ダサい」「格好悪い」と感じやすい思春期男子が歌うテノールとバスが、体育館全体に低く深く響き渡り、他のどのクラスよりも力強く、繊細で綺麗だった印象がある。

そんな男子の歌声にリードされながら、女子のソプラノとアルトは綺麗で美しい音色を響かせることが出来た気がする。
そして私たちは2位に圧倒的な差をつけて全校優勝を果たした。みんなでとても喜び、泣いた。他の先生方からもたくさんのお褒めの言葉をいただいた。
「最高学年らしい、全員が堂々とした素晴らしい合唱だった」と。

担任の自己満足?から始まった合唱コンクールの練習。
ある生徒の歌声が他の生徒の気持ちを動かし、それがまた他の誰かに広がっていく。最後にはみんなで一つの目標に向かいひたむきに頑張った。間違いなくあの瞬間は心が一つだった。
誰かと気持ちが一つになる事で、想像以上の力を発揮する。そして一つになる事で仲間意識が生まれ、それぞれの心の中に宝物のような思い出が出来る。その宝物を持つ40人が合唱する歌声が、聴いている誰かの心を動かす…まるで教科書通りみたいな、後にも先にも経験出来ないような貴重な体験だった。

孤独を感じると、私はいつも心を強く閉ざし人を遠ざける。だけど、救いの手を差し伸べられずに暗闇にのみ込まれそうになった時、あの時の一体感を感じたくなる。そんな時は「心の瞳」を聴いて、中学生の頃の私に戻る。

もちろんほとんどが辛い経験なのだけど、ただ一つ…それだけは今でも私の心に潤いを与えてくれている。そしてその経験があったから、その後の高校時代を充実して過ごせたような気がしている。

数ヶ月後に卒業を控えていたあの日。私たち40人がこの先、別々の人生を歩もうと、もしかしたらもう二度と会う事がないかもしれないけど…

『明日が見えるのは、それまで生きてきた人生があるからであり、過去を振り向いても、歩いてきた足跡が見えるだけ。だから前を向いて歩こう』

『目に見えるものではなく、心の瞳で人と向き合う事で愛に満ちた人生になる』

『そして、どんな状況になろうと、心だけは決して変わらない絆で結ばれてる』

私たち40人に担任の先生がくれた、『はなむけの言葉』だったのかもしれない。

自分を否定ばかりしていた私が、深い愛に満ちあふれた歌詞を口にするなんて、当時はそんな自分が気持ち悪かった。でもこの愛に満ちた歌が、私のそれからの人生を支えてくれた。
中学生の私が15年生きてきたことも、今まで私が歩んできた人生も…無駄ではなかったと、40歳を過ぎた今なら、何となく感じる事ができる。

『愛することはいつの時代も変わらずに永遠のもの』

暗く長いトンネルの中にいるように感じる時もある。誰も助けてくれない、孤独、苦しさの中でもがき苦しむ日もある。
でもそんな時は一度立ち止まり、周りを見渡したり、後ろを振り返ってみたい。

そこには自分が歩んできた何十年の歴史があり、中には『心が通じ合った瞬間』『認められた瞬間』が必ずある。

例えばそれが、今は儚く散り去ったように感じるものだとしても…その時、その瞬間には間違いなく『確か』なものだったはずだから。
そんな経験が出来ただけで、生まれてきた意味はあるのかもしれないと、最近思う。

そしてまた微かに明日が見えた時…
未来へ続く道の先で『確か』なものを見つけていければいい…そんな気がする。
それは別のものかもしれないし、再び巡り合うものかもしれない。
世の中は無常なのだから…

当時は全く話をしなかった同級生たち。
その後に生きてきた道の途中で再会し、今でも交流がある人たちがいる。
当時は心を通わせられなかったけれど、時間が経ち『心の瞳』でお互いを見つめる事が出来たのかもしれない。

『いつか若さをなくしても心だけは決して変わらない絆でむすばれてる』

坂本九さんが『妻や家族への永遠の絆』を歌ったとされているこの曲が…愛に満ちたこの曲が…当時の担任の心を動かし、その行動が私の心を動かし、その後の私の人生の道筋を立ててくれた。

私が今この場所に立てているのは、この曲に出会えた事が大きく影響している。
『合唱』なんて、ただ歌を歌うだけだと感じていた私に『人と気持ちを通わせることの大切さ』を教えてくれた。
そしてそれは、今でも私の生きる原点になっている。

 

☆心の瞳☆

心の瞳で 君を見つめれば
愛すること それが どんなことだか わかりかけてきた

言葉で言えない 胸の暖かさ
遠まわりをしてた 人生だけど 君だけが いまでは
愛のすべて 時の歩み いつもそばで わかち合える

たとえ あしたが 少しずつ見えてきても
それは生きてきた 人生があるからさ

いつか若さを失しても 心だけは
決して変わらない 絆で結ばれてる

夢のまた夢を 人は見てるけど
愛することだけは いつの時代も 永遠のものだから

長い年月を 歩き疲れたら
微笑なげかけて 手をさしのべて いたわり合えたら
愛の深さ 時の重さ 何も言わず わかり合える

たとえ過去を懐かしみ ふり向いても
それは歩いてた 足跡があるだけさ

いつか若さを失しても 心だけは
決して変わらない 絆で結ばれてる

愛すること それが
どんなことだか わかりかけてきた

愛のすべて 時の歩み
いつもそばで わかち合える…

心の瞳で 君を見つめれば

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