感じたこと

心の瞳

「心の瞳」は、坂本九さんの楽曲。作詞:荒木とよひささん 作曲:三木たかしさんで、当時は黄金コンビと呼ばれていたらしい。この曲の発表から約3ヶ月後に坂本九さんは日本航空墜落事故で亡くなられたため、坂本九さんにとっての最後の曲となった。そして今でも私の生きる原点になっている曲。

中学時代、私は虐めを受けていた。家庭環境も良くなかった。どこにも居場所がなく、自分が必要とされているなんて感じた事がなく、自分が生きている事さえ謎だった。
誰かと目が合うと罵られる、笑われる、馬鹿にされる・・「友達が欲しい」という感覚よりも、「友達とは移動教室の時に一緒に移動する人」だと、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。

中学3年の秋、校内の合唱コンクールがあった。私が通っていた中学は、地元では1番人数が集まる学校で、全校生徒1000人、30弱のクラスがあり、中学2・3年はクラス替えがない。私のクラスは担任も同じだった。2年生の時の合唱コンクールで、何故か3年生を差し置いて全校優勝を果たした私のクラスは、3年の合唱コンクールにかける意気込みが違っていた・・いや、担任の先生だけが!笑

合唱コンクールの練習が始まろうとした頃の学活の時間、担任はラジカセを片手に登場。そしてこう言った。「今回の曲は『心の瞳』でいこうと思う」
全校優勝するために、考えに考え抜いた楽曲だったんだろうな。聴いてみるととても綺麗な曲で、クラス中が賛成したけど、思考が歪んでいた私は「こんな綺麗な歌、こんな私が歌うなんて恥ずかしい。歌いたくない」と本気で思った。

担任は松岡修造張りに熱い気持ちで、合唱コンクールに臨んでいた・・初めは私もクラスメートたちも「面倒だな」と感じていたと思う。でも担任は必死だった!朝の会、帰りの会には必ず歌を歌い、担任からオッケーが出るまで歌わされた。担任から見て実力よりも声が小さいと感じれば、本人が大きな声を出せるように色々な策を使って声を掛け続けた。早く帰りたい私たちは必死で歌うようになった。

その頃から、綺麗で大きな声で歌う同級生が何人かいた。その綺麗な歌声は少しずつ他の生徒にも伝染し、「あ、自分ももっと声を出して歌ってもいいのかも」という気持ちにさせてくれた。私も何となくそんな気持ちになった。なぜなら、自分の気持ちを表現出来なかった私は、小さい頃から歌を聴くことが大好きだったから。歌詞に自分の気持ちを重ねて自分の思いを表現したような気持ちになっていたんだと思う。

だから私も、思い切って声を出して歌ってみた!今までため込んでいた気持ちを吐き出すかのように大きな声で歌った。すると奇跡的なことが・・声のトーンや大きさ、全体的バランスを考え、常に並び順やパートメンバーを入れ替えていた担任から「お前、良い声出してるからソプラノに行け」と。

・・え?何??今何て言ったの??私の歌声が良い声??何の冗談??
でも私は、多分自分が記憶している中では初めて・・人に必要とされ、認められた気がして、本当に本当に嬉しかった。その日から私は期待に応えようと、大きな声で楽しく歌うことに一生懸命になった。

授業中は人目が気になり発表も出来ない。自分をブスで気持ち悪いと思い、気持ちを自分の中に押し込めて、ただ時間が過ぎるのをじっと耐えていた私が、人前で歌を歌っている。もちろん、それを見て笑う一部の同級生もいた。でももうそんなのはどうでもよかった。私もこの歌を歌って「優勝したい」と思うようになっていた。

そして更に奇跡的な事が起こる・・近くで歌っていた同級生が、私の隣だと自分も思いきり声が出せる!と私の近くで歌う事を希望した。すると他の女子たちも、その言葉に賛同した。同級生の歌声が私に伝染し、それが他の同級生にも伝染している・・そしてみんなが私を必要としてくれている・・その時の気持ちを何と表現できるのだろう。
私は、担任や同級生の期待に応えようと必死に歌った。それは自分が初めて「生きている」と感じられた瞬間だった気がする。

気がつくとクラスの大多数が意欲的に歌うようになっていた。もちろん担任の練習方法もヒートアップ!職員室の前、玄関のホール、サッカーグラウンド・・色々な場所で歌った。一番恥ずかしかったのは、全校生徒の下校時間に校門の前に整列させられて歌わされたこと!今の時代ならPTAなど色々問題になりかねないな~と思うけど、その当時は許容範囲内・・だったのかな?笑
ただ、「恥ずかしい~!」「嫌だ~!」と言いながら、みんな一生懸命だった。

初めは「面倒だな」とみんなが思った。こんなに熱くなる担任を「バカっぽい」とも感じた。(先生、ごめんなさい!)でも、もう私たちの頭の中は「優勝」だけだった。だるそうに歌っているフリをしていたカッコつけ男子も、最終的には担任の熱意に負けていた。一生懸命頑張ることを「ダサい」「格好悪い」と感じやすい思春期男子が歌うテノールとバスが、他のどのクラスよりも力強く、繊細で綺麗だった印象がある。

そして私たちは2位に圧倒的な差をつけて全校優勝を果たした。みんなでとても喜び、泣いた。他の先生方からもたくさんのお褒めの言葉をいただいた。

担任の自己満足?から始まった合唱コンクールの練習。
ある生徒の歌声が他の生徒の気持ちに刺さり、それがまた他の誰かに伝染していく。最後にはみんなで一つの目標に向かいひたむきに頑張った。間違いなくあの瞬間は心が一つだった。誰かと気持ちが一つになる事で、想像以上の力を発揮する。そして一つになる事で仲間意識が生まれ、それぞれの心の中に宝物のような思い出が出来る。その宝物を持った40人が合唱する歌声が、聴いている誰かの心を動かす・・まるで教科書通りみたいな、後にも先にもないような貴重な体験だった。

孤独を感じると、私はいつも心を強く閉ざし人を遠ざける。だけど、救いの手を差し伸べられずに暗闇にのみ込まれそうになった時、あの時の一体感を感じたくなる。そんな時は「心の瞳」を聴いて、中学生の頃の私に戻る。もちろんほとんどが辛い経験なのだけど、ただ一つ・・それだけは今でも私の生きる原点になっている。そしてその経験があったから、その後の高校時代を充実して過ごせたような気がしている。

こんな自分がこんな愛に満ちあふれた歌を歌うなんて、自分が気持ち悪いと感じた。でもこの愛に満ちた歌が、私のそれからの人生を支えてくれた。中学生の私が15年生きてきたことも、今まで私が歩んできた人生も・・無駄ではなかったと、いつかこの歌詞の本当の意味を感じる事が出来たら・・もう一度歌いたいなと思う。この曲を作ってくださった坂本九さんたちに心から感謝の気持ちを伝えたいな。

☆心の瞳☆

心の瞳で 君を見つめれば
愛すること それが どんなことだか わかりかけてきた

言葉で言えない 胸の暖かさ
遠まわりをしてた 人生だけど 君だけが いまでは
愛のすべて 時の歩み いつもそばで わかち合える

たとえ あしたが 少しずつ見えてきても
それは生きてきた 人生があるからさ

いつか若さを失しても 心だけは
決して変わらない 絆で結ばれてる

夢のまた夢を 人は見てるけど
愛することだけは いつの時代も 永遠のものだから

長い年月を 歩き疲れたら
微笑なげかけて 手をさしのべて いたわり合えたら
愛の深さ 時の重さ 何も言わず わかり合える

たとえ過去を懐かしみ ふり向いても
それは歩いてた 足跡があるだけさ

いつか若さを失しても 心だけは
決して変わらない 絆で結ばれてる

愛すること それが
どんなことだか わかりかけてきた

愛のすべて 時の歩み
いつもそばで わかち合える…

心の瞳で 君を見つめれば

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